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咲野…山頭火の妻2

咲野2
 こんな私にも十六の頃から縁談が持ち込まれるようになりまして、十七歳になるとずいぶんとあちこちからお話が舞い込んできたようです。当時、女はあまり賢くならないうちに片付けてしまわなければという風潮がありました。蜜柑でいうなら熟して虫のたからない青いうちに片付けてしまおうというようなところでしょうか。
 父は一人娘をあまり早ように手放したくはなかったのでしょう。お見合いをさせることもなく丁重にお礼を言いながらも聞き流しとったようです。ところが、一人やけに熱心な方がおられまして、何度も高瀬まで馬車で通ってこられるので両親とも弱っていました。あまりの熱心さに父も気持ちが動いたのでしょうか。それに、お相手が防府で一番の大地主で市の助役の「大種田」の跡取
りやったもんでいつものように簡単には断ることもできなかったんかもしれません。
 実はこの大種田のお屋敷は周南女学校の隣にあったとです。というより学校が種田家の敷地内にあったんかもしれません。なにしろ駅から家までがずっと種田家の土地でしたもんね。三方が田圃に囲まれた大きなお屋敷でありました。その道路に面した向かい側が女学校だったので、私のことを見かけて嫁にと声がかかったのかもしれません。
 私は学校生活が楽しゅうてとてもお嫁に行く気にはなれません。父は困ったようですが「卒業してからだな」と何か言いたげに、でも、そのまま話が終わったんでホッとしたもんです。
 でもですね、縁談を断ったものの、お向かいにお相手が住んでると思うとなんだか気になりましてね。ええ。お見合いをしたわけでもありませんし本人にも一度も会うたことがなかったんですけどね、種田の家の噂話なんかが聞こえると、つい、耳を澄ましたりしちょりました。
 ところが、間もなく種田家の人たちはいなくなってしまったのです。だい大どう道。防府から二里くらい西の方の海沿いの村なんですけど、そこの酒造所を買い取って引越していったということです。

 縁談が復活したのは女学校を卒業する半年ほど前やったでしょうか。その時の父の目は今までになく真剣でした。
 「正一さんは東京の早稲田大学まで行ったお人で詩歌や文学に造詣が深い。だから優しいお人に違いない。なにしろ大種田の長男として大事にされて育ってきちょる。お前を不幸にすることはないやろう。乞われて嫁ぐのがなによりの女の幸せ」云々…。
 ふ~ん、正一さんか…そういえば、時々お屋敷の中から「しょうさまー」という声が聞こえてきておったような。
 …いつかはどこかへ嫁がなければらないのなら父のいう通りにするのが安心なのかもしれません。今度は母からも説得されました。どうやら父親同士で話が進められているようでした。選挙というものが始まって、種田の旦那さんは代議士の後援もしちょるとか、それが佐藤の蒟蒻の商売に影響があるような…こりゃ政略結婚だわ…私は大袈裟に考える自分がおかしくなってクスクス笑うてしまいました。
 結局、卒業したら祝言をあげることになって大道に挨拶行きました。今では埋め立てられて酒造所の前には国道が走っておりますが、当時は大海湾に面していましたので周防灘さえも一望できる素晴らしい景色が目前に広がっておりました。それは山育ちの私には初めて見る夢のような美しい風景でした。
 通された北向きの座敷の濡れ縁からは広い庭が見渡せました。そしてその庭には大きな幾つもの樽が転がすように置いてありました。私の視線に気がついた旦那さんは「あれで酒を仕込むんよ」と優しく笑いかけてくれました。その時丸い縁の眼鏡をかけた青白い顔の若い男の人が入ってきました。えらく背の高い人でした。
 「正一。高瀬の佐藤サキノさんだ。サキノさん、これが長男の正一です」
 父と私は慌てて座り直してお辞儀をしました。正一さんは絣の着物を無造作に着ておられましたがどうも普段着のようです。朝から仰々しい支度をさせられた私はちょっとムッとしました。正一さんのお父様が困ったように苦笑されました。正一さんは正座をすると頭を下げました。そして
 「自分は、いずれ寺に入って禅僧になる身です。だから、結婚は出来ません。すみません」
 少しどもりながら、そう言うたのです。私と父はポカンと正一さんの顔を見ました。とても暗い目をしていました。正一さんはもう一度頭を下げると部屋を出て行ってしもうたとです。襖が閉まるとお父様は組んでいた腕をほどいて「照れとるんですなあ。あまりにもサキノさんが美しかもんで」と少しも慌てません。
 「実は、ご存じの通り私が政治に首を突っ込んだばかりに防府の土地を手放すというみっともないことをやってしまいましたが、長男のあいつと力を合わせて種田の名前はしっかり残していきたいと思うております。ところが、あいつときたら小説とか俳句とかに夢中になりよって家業については全くの無関心ですわ。これが、女とか」
 ここで一息入れて
 「賭け事なんかにうつつを抜かしているのでありゃ、アレを廃嫡して遠縁の有富家に養子にとられた次男を呼び戻すんじゃが、俳句程度なら旦那芸としてもそう悪いもんでもなしですなあ…アレも身を固めて子供でも出来りゃ、家業に目もいき事業への欲も出てくると踏んどるような訳でのんた、ひとえにサキノさんにお願いするしかないような次第で…と言いますのも、まあ、種田という名前があるせいか縁談はそれこそ降るように持ち込まれてきちょるんですわ。ところがあいつは鼻にも引っかけません。ですから、さっきあいつが挨拶に出てきたので、正直私も驚いちょります。光明をみた思いです」
 というようなことをお父様は諄々と話されまして、でも、本人からはっきりと断られたのでから父は憮然としていました。失礼して外に出ると「もう、ここに来ることは二度とないな」と種田酒造の大きな看板を見上げました。
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