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猫とワタシ

夏炉冬扇

終の棲家となりそうなマンション暮らしのあんなことこんなことを綴っていくつもりです

この記事のみを表示する推理ドラマ

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テレビドラマの新シリーズが出そろったみたい。
取りあえず一回目は殆ど見ることにしている。
面白そうだったり抵抗がないと録画予約する。

録画しているとCMを飛ばせるし途中で席を立つときも停止できるのでありがたい。
他のことをしながら見ているので、???となったときに巻き戻して見て検証できるのがいい。
推理ドラマの場合プロセスや人間関係を把握していないと面白くない。
例えば凶器が画面の片隅のでも映っていないとなんで~となるからわざわざ巻き戻して確認。
養子や孤児院育ちとか名前が変わっている設定も多い。すぐに戸籍照会をすればすむことなのに。
整形などがオチだったりするとアホらしくなる。
中には初動捜査の甘さにいらだつことも。
そんなこんなで突っ込みどころ満載の推理ドラマが好き。
昔、ドラマは全てサスペンスだと教わったことがある。

さて今期のドラマ、塡まらせてくれる物はあるだろうか。
前期に塡まったのは【もみ消して冬~わが家の問題なかったことに~】
サスペンスではなくてコメディらしい。
出演者の魅力の要素も大事なのかもしれない。
さて今期のドラマ、塡まらせてくれる物はあるだろうか。
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この記事のみを表示する長屋王

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奈良の平城旧跡から歩いて10分ほどの所に大規模商業施設の「ミ・ナーラ」がオープンした。
昔はここにそごう百貨店があった。そうごが閉店した後にはイトーヨーカ堂奈良店となったが経営不振で撤退した。そこにオープンしたのだからかなりの決意がいったのじゃないかと思う。
この土地は悲劇の平安貴族長屋王の屋敷跡。
おびただしい木簡が土中から発見されてニュースになったのが記憶に新しい。
歴史上に大きな貢献となった。
なるほど勤め先の平安京に近いから当時の一等地だった。
経営者達は事前に必ず長屋王の魂を鎮める行事を行う。

「長屋王」
壬申の乱は中大兄皇子(天智天皇)と大海人皇子(天武天皇)の皇位継承を争う古代史最大の内乱とされている。結果は大海人皇子の勝利で天武天皇が即位する。正妃は中大兄皇子の娘の讃良(後の持統天皇)。この戦いで一番の功労者は長男の高市皇子だったが生母が采女だったこと、持統が自分の息子を皇位につける画策をしたために太政大臣で生涯を終えた。
その長男が長屋王だ。
  蛇足ながら天武天皇と額田王との間に生まれた十市皇女は高市皇子の恋人だった。
持統天皇を補佐してきたのが藤原不比等で自分の娘を天皇に嫁がせて孫を天皇にし政治の実権を握った。その延長線上で皇位争いが起こる。
朝廷は藤原四兄弟が牛耳っていたが人望厚く天武の血筋の長屋王はその中で右大臣として健闘していたが、次期天皇に一番近い立ち位置に居た。外戚の藤原氏には幼い皇子しか恵まれず、皇位継承者の最右翼にある長屋王をなんとかしなければならなかった。
なんとか…長屋王に謀反の疑い有りと屋敷を取り囲み火の手を上げた。
長屋王は家族もろとも自害した。
  ここでも蛇足。この時、天武天皇の血は途絶え、天智天皇(娘の持統による)血筋が  延々と続くことになった。

そんなわけでこの地には長屋王の怨念の祟りがあると言い伝えられている。
「ミ・ナーラ」の経営者は敷地内にある長屋王を祀った社に毎朝祈りを捧げると語っていた。
長屋王さま、奈良の発展のためどうぞお力をお貸し下さいとお願いするばかりだ。




この記事のみを表示する元号

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来年の五月一日は違う元号になるらしい。
ニュースで見てちょっとセンチになった。
元号が平成になった時、馴染めなかった。
それがもう30年も経ったとは。
我々の世代では天皇は昭和天皇で、今の天皇は皇太子であり続ける。
今の天皇が退位されると浩宮が天皇になられる訳で、でも、いつまでも浩宮なんだろうと思う。
夫が部長になったときも会社の人がすんなりと「部長」と言うのを聞いて違和感を覚えた。
夫の姉を「おねえさん」と呼ぶのも抵抗があった。
娘は息子の嫁をすんなりと「おねえさん」と呼ぶ。
それのできない自分は驚いた。
だから元号が変わっても昭和がこびりついているかもしれない。
明治と大正ははるかかなたにあるのに身近な昭和と平成もそうなっていくのだと寂しいのだろう。

この記事のみを表示する深呼吸

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深呼吸することはとてもいいことらしい。
そういえば緊張する場へ一歩踏み出す前には無意識に深呼吸している。
それは決断を促してくれる。
鼻から胃が膨らむほどに空気を吸って口から長~く息を吐く。
これが基本。ヨガでもそうだ。
時々思い出してやってみていたがここのところすっかり忘れていた。
と、頭からすべてを追い出し深呼吸することだけを考えてやると「鬱」を退治して心が軽くなるという記事を目にした。
座禅みたいなものかな。しかし、何も考えないということは非常に難しいこと。
追い出しても追い出しても様々なしがらみや先々のことなどが頭をよぎっていく。
それでも頑張ってそれらを追い払うと気がつくと呼吸の回数を数えていた。
これが煩悩というものなのか。
座禅なら何度叩かれることだろう。
でも、やってみよう。まずは深呼吸からネ

この記事のみを表示する郵便局

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ピン歩~ン
「郵便局です」
ユーパックかなと玄関へ。
立っていたのは郵便局の制服を着たおじさん。
定期貯金が満期になるので手続きに局まできてください。
そのままにしておくと普通貯金の方に移ります。
ああ、それなた郵便がきたっけ。
利子も粗品も用意してます。
利子たって10円くらいじゃん。
それは銀行山も同じで、粗品で頑張ってますので。

たしか、郵便局は赤字だった筈。
だから切手代も小包なども値上げしてる。
こんなお宅訪問してたら人件費もかかるでしょう。
手紙が二通も届いているし、電話もメールも伝達手段があるのに。
しかもたいした金額の定額じゃ無いのに。
ちょっと考えさせられた。

この記事のみを表示する座骨神経痛

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薬を貰う日なので自転車で整形外科に行った。
左足の太ももが痛かったので初めてその整形外科に行ったのが1年前。
そのときに座骨神経痛だと診断が下され、骨粗鬆症の予防のためにとの処置もされた。
勿論、レントゲンや血液検査や骨密度などを調べた上だ。

若い頃、大きな交通事故で意識不明の日が続いて目覚めたときは左足には思いコルセット。
長年の太ももの痛みの源はここにあると勝手に思い込んでいた。
引越を機にちゃんと診てもらおうと思っていた。
結果は前途の痛りで事故の方は完全に治っているということだ。

先日、久々に出かけて歩き回ったらひどく痛み始めた。
翌日も少し歩いただけで痛い。しかもやたらに咳が出る。
幸い、薬を取りに行く日なので診察を受けた。
そして、やはり、座骨神経痛だって。
日にち薬なのか、一生つきあっていくのか。
咳止めの薬を処方をしてくれたので、今日は早く寝よう。

この記事のみを表示するワイドショー

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情報番組ともいう。
足並み揃えて同じ事ばかり。
今は日大と朝丘夢路ばかり。
消せばいいだけ。
そうだ! 本を読もう。


この記事のみを表示するコスプレ

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観劇に行ってきた。
「零のサムライ  松本零士物語」
入場するとメーテルが迎えてくれる。
アニメファンの心はここでわしづかみ?
アニメ嫌いには響かない。
終演後、インスタ用の場所が設けられた。
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なぜ縦にならない?

芝居にもいろいろある。
主催者に一番大事なことは集客力。そのための話題作りとマスコミ招聘。
書き手は訴えることがまずあるはず。

奈良のボールペンは新幹線の中でみつけました。
ちゃんとバックの底にありました(^o^)

この記事のみを表示するペット…

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  K駅の駅前歩道橋で犬・猫の譲渡会が行われていた。
八つほどの保護団体があるらしい。
捨てられた子たちの世話をして新しい飼い主さんを探している。
ワンコもにゃンもみんな可愛い。
どの子も連れて帰りたいくらい。
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しかし。
飼うのは大変なことだ。
住宅事情もあって、これは深刻。
ペット可ということで買ったマンションだけど、実に肩身が狭い。
ダダもここに越してきてから少し萎縮してるようにさえ感じる。

飼う人の責任とモラルについて法制化できないかな。
せめてえさ代の足しにとささやかな寄付をすることぐらいしかできないのだけど心は痛む。
ペットも人も生まれ落ちた所で生きる世界がある程度決まってるのねと思う。

この記事のみを表示する父と映画

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ひとりが好き♥~
一人では生きられないことは知っている。
だから不登校にもならず普通に嫁入りして子供も育てたし、近所つきあいもそれなりにやってきた。
ただ、どうしても一人がいいのは映画鑑賞。
誰かと一緒だと笑いたいときも泣きたいときも我慢してしまう。
ラブシーンなどはまともに見ることができない。

が、テレビも無かった子供の頃は父に連れられてよく映画館に行った。
「鞍馬天狗」「ターザン」に始まり「ローマの休日」「昼下がりの情事」「ジャイアンツ」などなど無数。
赤木圭一郎の「紅の拳銃」が父とみた最後の映画になった。
もう父親と映画に行くのが恥ずかしい年齢になっていた。
父に関しては多くの人がそうだったように批判ばかりしていたのに映画のことを思い出すと一緒に出てきてしまう。
訳が分からない年齢だったからついていったのかもしれない。
高校の頃は許可をもらわないと映画に行けない学校だったけど、他愛ない映画を友達と一緒にケラケラ笑いながら見ていたっけ。
多少、いろいろ分かってくると一人でじっくり見たくなったのかもしれない。


この記事のみを表示するなんだかなあ

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一日中、テレビジャック?した米朝会談。
終わってみればなんだかなあ……

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この記事のみを表示する芝居

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映画も芝居もほんとは好きじゃないけれど、見なければならないものもある。
「万引き家族」でブレイクしている是枝監督の映画を三つテレビで見た。
家族とは何か?を追求しているそうだ。
何気ない日常の中の話し言葉、台詞でドキッとすることが心地よかった。
やはり言葉って大事だな……
父がらみで思い出したのが井上ひさし氏の「父と暮らせば」という芝居。
広島原爆がテーマだけど、爆死?した亡霊の父親と中年になった娘だけのおはなし。
二人だけで二時間というのは凄い。まあ重いテーマを抱えているせいもあるけど。
そういう二人芝居で心の底に潜む何かを語り合っていく芝居が書けるといいなあ。
市民劇団の座長芝居ではチケットの関係もあって登場人物は多くしなければならないし書きたいものを書くと縁者にも理解されない、理解しようとすらしない哀しさが残る。
どこに言いたいことを潜めるか、お客さんがどこまで分かってくれるかそれも楽しみの一つなんだけど。
はあ、でも何がかきたいのだろ、わたし。


この記事のみを表示する平清盛

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録画してあった古いドラマをやっと見た。
「平清盛」は映画でもテレビでも何度もとりあげられてきた。
今回の清盛は松平健だ。
どんないくさでも開戦に至るまでは複雑な要素が絡み合っている。
貴族の世から武士の世への橋渡しを果たした清盛の人生は簡単に描けるものではない。
背景の歴史が幾重にも絡み合っていてそれを解きほぐし紡いでいかなければならない。
登場人物も個性と癖のある人ばかりだから誰をすくいあげるかによっても物語は大きく変わる。
以前、芝居を書くに当たってかなり深く勉強したことがあった。
後白河法皇、西行、待賢門院、崇徳上皇、文覚などにはまってずいぶんと長い寄り道となってしまった。
が、結果的に歴史の面白さを堪能できた。

今回の清盛は表面的できれいごとで終わってしまっている。
清盛がなぜ「平家物語」に描かれるようになっていったのか、清盛の苦悩の足元にも及んでいない、と思う。
一生を通して短時間で描くのには無理がある。ドラマが多すぎる。
ある出来事、ある人との関わりなど一点に絞って描くのがいいのかもしれない。
今回のは西行も待賢門院、崇徳上皇、文覚などは出て来ない。
それが不満なのでは無い。取り扱い方が杜撰すぎた。

それにしても亡くなった役者さんが多いことに改めて時の流れと無情さを感じた。



この記事のみを表示する地下鉄

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地震は交通機関をすべて止めた。
十三新大橋を歩いて帰宅する人々の映像を見ていたら都市の危うさを感じる。
夜になって最後に運行開始した地下鉄。
なんだか静かだと思ったら地下鉄が走ってなかったのだ。
今朝、その走る音が聞こえたらほっとした。
風向きによって大きくなったり小さくなる日頃は騒音の地下鉄。
こんな事があるとその騒音から元気をいただいた。
あらためて感謝。


この記事のみを表示する盗作にあらず?

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芥川賞と直木賞の発表があった。
なぜか読もうとは思わない。
両方とも将来性が大きな要素。
もうここで高齢者には可能性がない。例外もごく稀にはあるけれど。

先日「群像」で盗作ではと物議を醸したのが「美しい顔」(北条裕子)。
東日本大震災を題材にしたもので現地に行ったこともなく参考文献多様、あるいは手記をそのまま使用したりでこの問題が起きた。
「自分なりの表現に昇華して行く努力が足りなかった」が盗作には認定されなかった。
これで思い出すのは井伏鱒二の「黒い雨」
被爆者少女の手記そのまま盗用したことが一部で知られている。
知らないけれど他にもきっとあるんだろうな。
なんだかなぁ‥‥。


この記事のみを表示する原爆の日

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長じてから原爆投下の事情を各方面から知ると(浅いけれど)なんと見言えない虚しさに襲われる。
広島生まれだが記憶は全くない。
生後半年で両親が離婚して兄と私は母の実家できていたから。
生後一年の頃に原爆の投下があった。
もし親が別れていなければ間違いなく爆死していただろう。

三歳になるとなぜか私だけが父親に引き取られて育った。

長い間、北九州小倉の劇団で芝居の脚本を書いている。
あの原爆の当初の投下予定地が小倉だったが八幡製鉄の吐く煙で焦点が定まらずに広島になったとか。
だからか、原爆には複雑な思いが多々ある。

しかし、昨今のご時世からいつまでも非核三原則にしがみついているのどうなのかな。