FC2ブログ

コード錯乱

雨が上がって寒い日曜日。
パソコンの画面が突然消えた。
オイルヒーターも消えて、スマホの充電も出来なくなっていた。
机の裏側に回ってコンセントを抜いてまた挿してみた。
これは大変な作業だ。なにしろパソコンとテレビ関係のケーブルがうねうねと絡んでいる。
ついでに埃もお掃除。
無事に電気はきた。
だが、しばらくするとまたも通電できなくなっていた。
そこで無い知恵を絞る。
もしかしたらオイルヒーターに問題があるのかもしれない。
今までは別のコードで使用していた。

結果はやはり電気の使用容量が多すぎたのが原因だった。
1.5A以上になるときれるようになっていたのだ。
ネットで調べてみて自分がコードと呼んでいたモノがテーブルタップという名前だと初めて知った。
別名は延長コード。コードで検索しても別の事象がでてきたのもこれで納得。
それにしてもケーブルと呼ぶものもあるしややこしい。

電気がこないとこんなにも困るモノかと再確認させられた。
オイルヒーターは別のコンセントに延長コードを差し込んでOK。
花冷えというのかこの寒さには閉口だ。片付けたヒーターを引っ張り出したせいでどたばたな日曜日になってしまった。
ダダの散歩に行くと昨夜からの風雨で小学校の八重桜が歩道に散り固まっていた。
それをダダの上に振りまいたら厭がられた。

スポンサーサイト

嫁さんの実家に

最近は「嫁」という言葉も差別語扱いされることが多いようだが手っ取り早いので嫁さんを使わせてもらおう。
嫁さんの実家とは親戚になるのだろうか? だとすれば距離的に離れていることもあって心理的にも遠い親戚なのかもしれない。
息子が結婚した当初はお互いに儀礼的に盆暮れの挨拶をしていた。
4年くらい経ってからあちらからやめましょうと言ってきた。
だが、嫁さんが来るときは実家からとみやげものを持参する。お返しにこちらも何かを持たせる。
その実家の父親が入院した。お見舞いを考えないことはなかったがお返しで面倒かけてもとしなかった。
この夏に嫁さんが来たときハヅキルーペをいただいた。
父親がめでたく退院して購入するときに同年齢のわが家へもと気遣ってくれたという。
さて。ここで困った。お見舞い欠礼のお詫びと退院祝いを兼ねた手紙を書くのはいいのだが、お返しに何を選べば良いのか?

高齢の夫婦二人暮らしだからなんでもあるだろうし、病後では食べ物の制約もあるだろう。
何が喜ばれるか必要とされているのか。日頃の暮らしぶりも嗜好も見当がつかない。
こうなるとやはり消え物、毎日消費するものがいいのかもしれない。
はまると素晴らしい贈り物になるが、不要なモノであればごみでしかない。
送るということだけでこの世の義理は果たせるのかもしれないが、やはり相手にとって有用なものを送りたい。
数日の内にデパートに行ってみよう。


価格 Amazon

閲覧していて気になる商品があった。
断捨離以来「あったらいいな」的な物は極力買わないようにしてきた。
ーーなかなか実行は難しいけれどーー
その商品もなくても大丈夫なのだが、新品になったらきっと楽しいだろう。
でも、まだ使えるしと迷いながらメルカルを覗いてみた。
あったけれどほぼ完売で中古が多く価格もAmazonとあまり変わらない。
そこで、Amazonに戻ってみると32円価格があがっていた。
う~ん。この先どうなるのか。しばらく様子を見ることにした。
夜になってもう一度覗いてみたら同じ価格だったけれど、同じ機種の水色が2000円もたかくなっていた。
ネットで調べるとAmazonの価格変化に関する話題が豊富。
あれ?高くなってるとかの経験もあるのに、今頃気がつく自分はほんとに数字に鈍感なのだと思った。
在庫が少なくなると価格が自然に上がるようなシステムになっているという説もあった。
何が正しいのかは分からないけど毎日サイトを覗かせるようになっているのかな?
今回はしばらく動向を見てみよう。高騰したら買わなければいい。
でも、クリック一つで明日には届くというのはやはり凄い。
納入業者が泣かせとの話も耳にするけれどついつい目先の餌に飛びついてしまう。反省と自戒。



終わりなき鬱


学生時代の友人から電話。
『鬱になっちゃった~」
彼女のこういう電話は初めてではない。
年なりの鬱というものがある。
そして時々のそれをクリアしてきた。
しかし。今回の鬱は深刻だ。
彼女は夫を亡くして一年。
葬送の儀式も終えて、独り暮らしの寂しさが身に沁みはじめている。
かっての鬱の原因が夫の存在であったにも関わらず、だ。
おまけにもはや年齢的に明日は無い。
夢を見る前に虚しさが先に立つ。
旅に出るにしても体力が無い。気力も無い。
こういう辛さは高齢者がみんな抱えている問題。
さて、どうしたらいいのだろう。
「小刻みな目標を持つことがいいかも」
自分にも言い聞かせるように彼女を慰めた。



ワクチン


犬を飼っていると春が憂鬱。
健康診断とかワクチン注射やフィラリア検査などあって莫大?な出費となるから。
と、それは去年まで。
越してきて近所の獣医さんに行ったら狂犬病の注射だけ。
「あの~」遠慮がちにワクチンや健康診断のことなどを聞く。
先生はダダの体を触って眺めて「元気だね~」
健康診断はそれだけ。
フィラリアは散歩に行くのなら五月になってから来なさいとのこと。

今までは血液検査をしレントゲンを撮り人間ドックみたいだったけれど、これはなんだ!
正直、少々不安になった。
で、ネットで調べた。
生後二ヶ月以後のワクチン注射は三年に一度でよく、十才を過ぎたら必要ないとある。
かえって弊害があるらしい。獣医師の収入面から大声で啓蒙できないのだそうだ。
いい獣医はそのことを説明するらしい。

なるほど。今までの十年はなんだったんだ。
ワクチンを打ってない犬は預かりませんというペットホテルもあった。
だからやらなければいけないと思い込んでいた。

来週にでもフィラリアの検査に連れて行こう。
散歩は毎日だし。

やらずのペン


荷支度を終え最後はボールペン投入。
ところが予定していたそれが見つからない。
焦った。
この度はほかのものでもいいのだけど、ずっとなくなると困る。
奈良の興福寺で買ったボールペンでかわいい角がついている。
なにより書きやすい。流れがスムース。
帰ったら徹底的に探そう。
次に奈良へ行ったら十本くらい買ってこよう。
以前、巴里の美術館で買ったそれはお洒落だったが外側が禿げてきた。
書きやすさもいまいち。
ボールペンにも出会いがあるのだと思った。

長い咳


三週間ほど厭な咳が続いていた。
ちょっと長い。
初期の段階で風邪薬をもらった。五日分。
しっかりきちんと飲んだけれどずっと咳と痰がとまらなかった。
家族は鬱陶しそうに医者に行けという。
治るときは治るだろうからと耳を傾けなかった。
そして次第に咳は減っていって危惧された九州にも行ってこられた。
肺炎か喘息か結核か肺癌か。
強がっていても内心は恐怖で一杯。
医者に行くのがイヤなのはそのご託宣を受ける怖さから。
ご託宣を受けたらその時点で病人になってしまう。
だから、少しでも長く病人でなく暮らしたいからお医者には行かない。

どうか「医者に行け」と言わないでください。


脳は縮む


一人が好き。
自由だから。

だから、孤独が認知症への近道という情報は辛かった。
人と接すること喋ることが脳を活性化するらしい。
電話の長話も効果があるのかな。
昔はともかく最近はメールで終わってしまう情報交換。

孤独である。
孤独を楽しんでいる。
テレビもネットも読書も受けるばかり。
やはり発信しないと脳は活性化しないのかも。

こんばん、誰かに電話しようっと(笑)

聞こえない?

夫はかなり前から難聴気味だった。
なかなか認めなかったがようやく最近になって否定しなくなった。加齢によるものだ。
テレビの音が大きい。別々の個室で見ているからいいんだけど……。
困るのは日常会話だ。
それでなくても会話の少ない夫婦なのに聞こえているのか聞こえていないのか判断できないのが困る。
大事なことらしいと感じたら聞き返してくるが返事がないときは聞いていないか聞こえていないのか。
同じ事を二度言うのはしんどい。
こちらの声の質も聞きづらい音域かもしれないがこれは仕方ない。
どんどんしゃべるのが面倒になってくる。
どうしたらいいんだろう。
事件やテレビや知人の近況など他愛ないおしゃべりができない。
年を重ねると言うことは悲しいことがたくさんだわ。

6月は今日でお仕舞い。
7月が楽しく過ごせますように。


目が覚めたら

朝、髪の毛がもつれていた。
短くて薄い髪だから指櫛で充分なのだが、その指が通らない。
しかもなんだかべたべたしている。
昨夜はベットで何も食べなかった筈。
念のために蒲団を調べてみたが異常なし。
脳から髄液でもこぼれだしてきたのじゃないか。
当然不安だ。だが、取りあえず洗髪した。サラサラになった。
でもあれはなんなのか。
ネットで調べると暑さと湿気のせいだとあった。
エアコンのタイマーを二時間で切るようにせっとしていたのだけど……そんなに暑かったのか。
解せないままに今日も猛暑の一日が昏れようとしている。
さて明日の朝はどうなんだろう。

今夜から降るらしいけど。
豪雨に見舞われたみなさまお見舞い申し上げます。

花は咲いたが

ゴーヤの花がたくさん咲いた。
でも、実は一つもならない。
和歌山では厭がられるほど収穫できたのに。
やっぱり蚊のこない高層マンションでは虫がいないから無理なのかも。
念のために調べてみたら、ゴーヤには雄と雌の花があるそうな。
人工授粉させる必要があるという。
小筆がいるかと思ったが雄花を雌花にツンツンとつけるだけで良いらしい。
雄花と雌花の見分け方は?
花芯にわずかな違いがあった。
雌花が咲き始めるのはこれかららしい。
楽しみが増えた。

スリル

毎朝玄関を出る旅にドキドキする。
この暑さだからメダカが無事かどうかと。
玄関は東側で午前中は朝日がいっぱい当たっている。
大きな睡蓮鉢に数匹飼っているのだが数が減ってきてるような気がする。
餌をあげて浮き上がってくる姿を見るとほっとする。
こういうドキドキは味わいたくない。
どうやら発泡スチロールが暑さを遮るのに効果がありそうだ。
寝る前にかぶせてあげよう。
元気に泳ぐ姿から元気をわけてほしい。


捨てすぎた

去年の春に引っ越してきた。
その時に今こそ断捨離!と励んで多くの物を処分してきた。
何も置かないシンプルライフが憧れだった。
捨てるのが苦手な世代と性格からなかなか実行できなかった。
だから引越はまたとない機会だった。

結果。大いに反省させられている。
捨てた物を買うのが辛い。
不用品と必需品との瞬間的な見極め能力が身についてなかったのかもしれない。
捨てるのは(最近は面倒だしお金もかかるけど)いつでもできる。
そこらあたりをじっくり深慮しなければならなかった。

「いるかも」は不要というのは真実ではないと学んだ。


さらば、平成の八月


明日から九月。九月という語感には爽やかさがある。
しかし、残暑厳しく例年の九月も暑苦しかった。
今年の九月はどうなんだろう。
炎暑の八月のせいで心身共に草臥れすぎ。
八月が過ぎるのは特に早かった。
子ども達が来たり暑い~とうめいている内に過ぎていった。
今日は息子の長男が帰っていった。
大学一年でやと受験から解放されたところ。
それにしても男の子はほんとに喋らない。「うん」だけ。
それはそれで疲れる。
ある意味では幸せなのだけれどネ。

九月を迎えるに当たって一区切りだ。どんなに暑い九月でも気分が違いそう。
体が動かないから何もする気がしなかったけれどこれではいけない。
やらなければならないこと。明日からボチボチとやらなければ。
ちょっと空虚感に包まれいる八月末日ですぅ‥。

鬱かもしれない

何もする気がしない。
食欲がない。
楽しみもない。
誰ともしゃべらない。
ボーッと一日が過ぎていく。

20年ほど前にも同じようなことがあった。
近くの医院で診て貰ったらエコーの結果、膵臓癌かもしれないと紹介状を渡されて阪大に通わされた。
半年の一度の割合で3年通ったがMRIの検査ばかりで薬を処方されるこは一度もないままもう来なくて良いと言われた。
当時、膵臓癌は余命半年と言われていたから、疑いがあると言われた時点から鬱は吹っ飛んで死ぬ前にすべきことばかりを考えていた。
精神的なものからか随分と痩せたが、まるで肩すかしで、次第に不安は遠のいていった。

10年ほど前にも同じような鬱の底まで落ち込んだことがあった。
家を出ることや死ぬことを毎日考えていた。そして、帯状疱疹にかかった。
右のお腹から腰まわりに発疹がでた。発見が早く救急医療で手当を受けて近所の医院に通院となった。
脊髄に太い注射をする神経ブロックにも自分で運転して通院した。
痛みが引く頃には鬱を忘れていた。
でも、今も何かの加減で発疹が出た場所が痛む。無意識に撫でていることがある。
これこそ古傷なのだろうか。

今回の鬱では何が起こるのだろう。
いや、起こらないためにも遠くに居る友人と馬鹿話でもしようか。
スマホを使う気力もないのだけどこれを書いているとそんな気分になってきた。



理由になるかな

最近、原稿を書くのが億劫になっている。
スルーできないしめきりを前に苛立っている。
なぜか? 「…」が横にしか表記されなくなったのだ。
企画書は横書きでもいいが小説や戯曲は縦書きだ。
三点リーダー「…」は文芸表現において非常に重要な存在。
「…」の部分をどう読むか、どう演じ、理解するかのポイントである。
書き手と読み手や演者の表現ひとつで全体が変わる。

原因はWindows10のアップデートだった。
wordも一太郎も関係ない。
しつこく画面に表示されたのに根負けしてアップデートした結果がこれだった。
「-」も「…」も全部横文字になる。
縦書きは日本語だけなのだろうか。
Windowsは日本語を馬鹿にしてるのかと思いたくなる。
文字を打っていて「…」と遮るような横点が現れると思考が止まってしまう。
ここだけフォントを代えてコピペせよって?
…ったくうぜえよ。「…」のない芝居なんてかけるかよ~。
てな言い訳を相手に言っても通らないだろうな…ブツブツ