スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『花箋』 くちなし3

くちなし3
卒業してやえちゃんに出会ったのは東大の三四郎池のほとりだった。
大学祭でもあったのか誰かと歩いているときにあのきれいな声で名前を呼ばれた。
振り返ると、弓道着すがたのやえちゃんがニコニコ笑っていた。
神官の師弟が沢山入る大学に行ったやえちゃんはこれからここで試合だと言った。きりりとした袴姿が眩しかった。
仏蘭西文学でも専攻しそうなやえちゃんが生粋の国文学を専攻したのは意外だった。
共に連れがあって時間もなくと数分の立ち話で別れた。
あの時、お互いに連絡先を聞かなかったのはどうしてだろう。
時々、ふっと思う。

次にやえちゃんと再会するのはずうっと後になる。

どんな恋をしたのかは知らないがやえちゃんは学生結婚をした。
年下のダンナは網走の旧家の出とかでお坊ちゃん育ちらしい。
仕送りだけでは生活の維持がむつかしかったのでやえちゃんは彼が卒業するまで働いた。
当時のステータスの一つだった百科事典のセールス。
個別販売では棒グラフでいつも一番だったという。
キュートな笑顔と、もの怖じしない明るいトークが武器だったのだろう。
この頃のやえちゃんには生活するというのもゲーム感覚だったのかもしれない。
説教をたれる娘に親は説教などしない。
ダンナは言いなりだしやえちゃんは自由そのものだった。

だが、そのツケがやってくる。
やえちゃんは妊娠し、卒業と同時に家業を継ぐとダンナが言い出した。
それは網走で暮らすということだった。
横須賀育ちのやえちゃんは雪国の暮らしに憧れていた。
あそこでなら落ち着いて子育ての傍ら小説も書けるかもしれない。
雪へのロマンに引きずられるようにして、身二つになったやえちゃんは網走へと向かった。

網走では若夫婦のためにこじんまりした家を用意してくれていた。
暖炉の火や薪の燃える匂いが海峡を渡ってきた自分を歓迎してくれるようだった。
見る物聞くもののすべてがやえちゃんの好奇心をかき立てた。
北の海で獲れる魚もおいしかった。
たまに会うダンナの親族も気を遣ってくれていた。

だが、次の冬になるとやえちゃんはめっきり言葉数が減っていく。
ダンナも職場でもある実家で夕飯を済ませてくること多くなった。
いつもみんなを笑わせていたのに笑わせる相手は誰もいない。
一歳の娘は手ばかりかかり話し相手にはならない。
しんしんと永久に止みそうもない雪の中で海鳴りが響いてくる。
海鳴りと薪がはぜる音と娘の泣き声…。
誰も来ない家。電話さえ鳴るのは極くたまだ。
人は衣食住が足りただけでは生きていけないのかもしれない。

やえちゃんは自分が選んだ道だけに誰のせいにもできなかった。
誰かに泣き言をいうのはプライドが許さなかった。
そう、まだやえちゃんにはプライドが残っていた。
そんな時、頻繁に横須賀のおかあさんから電話がかかってくるようになった。
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。