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『花箋』 くちなし1


やえちゃんは文学少女だった(古い?)
やえちゃんは自分のことを「八重」と書いたり「家衣」と表記したりした。
本名は果たしてどうだったのか記憶にはない。なにしろ高校時代のお話だから。

やえちゃんは明るくて早熟でみんなの人気者だった。
誰とも分け隔てなくつきあっていたが、話題は相手によって臨機応変に変えていた。
自由奔放で先生方は手を焼いていたが放任していた。やえちゃんの本質が大人だったからだろうと今にして思う。

やえちゃんの家は横須賀のドブ板通りで外人相手のカフェバー「モンテカルロ」を経営していた。お母さんがママでお父さんは趣味三昧の遊び人だったらしい。
これも後で聞いたことだけど。
私は暗い目をした転校生だった。
父親は保険会社に勤務だったから北海道から九州までの転勤人生。
やえちゃんとは大きく環境が違っていた。
大部分の同級生と同じ程度にやえちゃんを理解も出来ず、校内でなんとなく別扱いされている胡散臭い存在でしかなかった。

何がきっかけだったのだろう。
2年の時にあった修学旅行だったのかもしれない。
なんとなく話すようになって午後の簿記の時間などは学校から逃亡して二人であちこちに出かけた。
それは軍港であったり、防衛大学だったりお汁粉やさんだったりした。

カミユなどを読み始めたのもやえちゃんに不条理という言葉を教わってからだった。
やえちゃんはサガンのような小説家になりたかったに違いない。
それを感じたのはやえちゃんの家の別荘に遊びに行った時だった。
海に突き出た広大な庭で潮風に吹かれながらきれいな声でサガン論を尽きることなくしゃべっていたやえちゃん。
会社員の娘の私には眩しすぎるシチュエーション。
庭いっぱいにクチナシの花が咲いて香っていた。
だから、今も海辺でクチナシを見かけるとやえちゃんを思い出す。


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懐かしい

昔、インターネットがはやり始めた頃、ネットで知り合った女の子が”シーシュポス”?とか不条理とか爺さんに勉強不足を指摘してきました。私は本屋さんに行き、店の方に聞き、カミユの本を買いました。実に苦痛でしたが・・あの本、どこに行っちゃたのかな

Re: 懐かしい

コメントをありがとうございます。
若い頃はよく分からないままサルトルやカミユ、トーマスマンなどの本を読んだものです。
一種のファッションだったのかもしれません(汗)でも「ペスト」は深く心に残っています。
読み返す気力は衰えてますが…
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